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大阪地方裁判所 昭和52年(わ)3923号・昭53年(わ)2640号・昭52年(れ)4549号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【主文】

被告人を無期懲役に処する。

押収してあるあいくち一本(昭和五二年押第一二〇九号の五)、注射器一本(同押号の六)及び覚せい剤粉末銀紙包装一包(同押号の七)を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

【判旨】

(被告人の身上、経歴等)

被告人は、昭和二〇年四月二八日肩書本籍地で大工職の父石田力松、母ナヲの次男として出生し、義務教育終了後一時、燃糸会社に勤務したことがあるほかは定職に就かず、父の大工仕事を手伝うかたわら遊興に過ごし、昭和四一年二月妻和枝と結婚して家庭を築き二児をもうけて以後も同様の生活を繰り返し、その間、昭和四七年には暴力団山口組系桜井組八尾支部の組員(若頭補佐)となり、同組解散後も暴力団組員らと交遊を続けて来たものであつて、すでに中学在学中から窃盗の非行を犯す等少年時代から非行を重ね、成人後も窃盗、強盗致傷、傷害、覚せい剤取締法違反等の前科九犯を有し、昭和五一年一一月二〇日最終前科の服役を終え出所したものである。

(本件各犯行に至る経緯)

被告人は、昭和五一年一一月二〇日最終前科の服役を終え出所後同年暮頃から中学生当時顔見知りであつた今井ふみ代の経営する喫茶「まどか」に客として出入りしている間に同女と親しくなり、同五二年五月頃情交関係を結んだうえ間もなく同女をそれまで居住していたマンションを引き払わせて自己の母親方にかくまうようになつたため、これを知つた右「まどか」の出資者であつて右ふみ代と情交関係にあつた北川博や、右マンションを引き払うに際し同所に隠匿中の覚せい剤を持ち出したと疑つている同人の弟章三や強から行方を追求され危害を加えられようとしていることを知つたので、同年八月上旬ころ、右ふみ代を伴いそれらの件で右北川兄弟らと交渉しようとしたところ、かえつて同兄弟から角材を振われ運転して来た乗用車のフロントガラスを割られるという事態となり、さらに右北川兄弟らがその場に取り残された同女に対して自己の行方をきびしく追求し、かつ、自己の母親方の家探しまでされた旨を聞くに及び、右北川兄弟らがさらに自己の行方を探索したうえ危害を加えかねないものと解し、むしろ同人らに先制して危害を加えるべくあいくち等を準備したうえ乗用車でその行方を探し求めるに至つた。

(罪となるべき事実)

被告人は

第一 前記のとおり乗用車で北川兄弟らの行方を探し求めている間の昭和五二年八月一二日午後四時三〇分ころ、法定の除外事由がないのに八尾市陽光園一丁目一番二号先路上に停車中の乗用車内において、刃渡28.2センチメートルのあいくち一振(昭和五二年押第一、二〇九号の五)を所持し、

第二 前項記載の日時場所において、北川強から同人運転のトレーラーで自車に正面衝突される等の仕打ちを受けたので同人らから自己の生命まで狙われているものと考え、その追求をかわすため前記今井ふみ代を伴いながらホテルや友人宅等を転々としている間の同月二三日正午ころ、普通貨物自動車を運転して東大阪市荒川三丁目一二六番地先道路を進行中、前方から普通貨物自動車を運転してきた須山賀文(当二二年)が直ちに進路を譲らなかつたことに憤慨し、自車を降りて同所に停車中の右須山の車の運転席右側に赴き、同人に対し、いきなり手拳及びスリツパで同人の顔面及び頭部を殴打するなどの暴行を加え、

第三 前項記載のとおり北川兄弟らから自己の生命まで狙われているものと考え、これに対抗するため友人の田口英敏から実包八発装填の自動式けん銃一丁を借受け、以後二、三回にわたつて計四発の試射を重ねたうえ同けん銃を携行し前記今井ふみ代を伴つて乗用車で同兄弟らを探し求め攻撃する機会を狙つている間の同月二七日午後五時二〇分ころ、所持金を使い果し金策も思うにまかせない状態に陥つていたためいらだちの念を抱きながら、東大阪市大蓮東四丁目一〇番三号上田酒店前路上を乗用車を運転して東進中、歩行者を認めて一時停車した際、後続してきた普通貨物自動車運転の尾崎信夫(当三八年)からクラクシヨンを二回やや長く吹鳴されたことに立腹し、自車を降りて右尾崎の車の運転席右側に赴き運転席のドアを開け、同人に対し、「われか、クラクシヨンを鳴らしたのは、そんなに急がんでもええやないか。」と大声で怒鳴つたところ、同人から「われがとろとろ走るから鳴らしたんやないか。」などと言い返されたため「じやかましいわい。もう一遍ぬかしてみい。」と怒鳴りながら左手で同人の頭部を二、三回突いたが、同人から「何さらすんじや。」と再び言い返されたことから生来短気であつたうえ前記いらだちも加つて激昂し、とつさに同人を殺害しようと決意し、所携の実包四発装填の前記自動式けん銃(同押号の一)を右手でずぼんのポケツトから取り出し、親指で撃鉄を起こし、同人の右前頸部に銃口をつきつけ、「いてまうぞ。」と言いながらけん銃の引金を引いて一発発射させ同人の同所に命中させて逃走し、よつて同日午後六時三三分ころ、同市大平寺一丁目九番二六号医療法人牧野病院において、同人を右中頸部銃創、甲状腺挫砕、気管貫通に伴う出血液の肺内への吸引により窒息死させて殺害し、

第四 法定の除外事由がないのに、前項記載の日時場所において前記自動式けん銃一丁及び火薬類である実包四発(うち三発は同押号の二、うち一発の薬きよう部分は同押号の三、同じく弾頭部分は同押号の四)を所持し、

第五 前記第三の犯行後逃走する間、同犯行当時の乗用車を引き続き使用すれば犯人であることが発覚するものと考え、以後の逃走に使用するため同月二八日午前三時三〇分ころ、八尾市太子堂三丁目二番一六号野口モータープールにおいて木下博所有にかかる普通乗用車一台(時価約一二〇万円相当)を窃取し、

第六 法定の除外事由がないのに、同日午後八時ころ、京都府久世郡久御山町森小字川端七のバイパスパチンコ店前路上のパトカー内においてフエニルメチアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末0.08グラム(同押号の三)を所持し、

第七 引き続き逃走する間、これに使用するため同年九月二日午前二時一五分ころ、八尾市二俣七〇番地先路上において下垣成信所有にかかる普通貨物自動車一台(時価約二五万円相当)を窃取し、

第八 法定の除外事由がないのに、同日午前九時三〇分ころ、大阪市阿倍野区松崎町二丁目三番三〇号ホテル「ニユー南友」五一号室において、フエニルメチルアミノプロパン塩を含有する覚せい剤粉末約0.2グラムを水に溶かして自己の身体に注射して使用し

たものである。

(証拠の標目)(法令の適用)<省略>

(情状について)

被告人の本件各犯行のうち殺人の犯行は、判示のとおり今井ふみ代をめぐる北川博らとの対立抗争関係に端を発し同人らに先制攻撃を加えるためけん銃を携行したうえホテルを転々とする放縦な生活を続けていた被告人が、たまたま自動車で通行中の被害者から、たんに車の発進を促すためにクラクシヨンを鳴らされたというだけの理由で犯したもので動機の点において酌量すべき余地が全くなく、またその熊様もわざわざ車を降りて被害者の運転席に赴き、無抵抗の被害者に対しけん銃をつきつけて発砲し、ほとんど救護のいとまのないまま死亡させる行為に出たもので、文字どおりその犯行は残忍、極悪、非道で天人ともに許すことのできない所業といわなければならない、一方被害者は、ようやく三〇才の後半を向えたばかりの働き盛りの堅実な会社員であつて妻と二男一女をかかえ一家の柱としての重責をにないながら平和な家庭生活を営んでいたもので、本件当日も一日の仕事を終え家族の待つている自宅に帰る途中、不運にも前記のような被告人とめぐり会いその結果いわれない非業の死を遂げたものであつてその無念の情はもとより、残された家族の悲歎、痛痕は察するに余りありその結果は誠に重大である。のみならず本件が地域住民に与えた不安と恐怖ははかり知れず、その社会的影響も深刻、重大である。しかるに被告人は犯行後、友人らの自首勧告を退け容貌を変える等して逃走を続けたばかりでなく、現在に至るまで被害者の遺族に対し陳謝慰謝の方途を全く講じていないこと等本件殺人の犯行の動機、熊様、結果の諸事情のほか、被告人の前科、非行歴ことに被告人は少年時代から非行を犯し、成人になつてからも九犯の前科を重ね、犯行は前刑出所後約九ケ月を経過したに過ぎない間に犯したものであること等の事件に照らすと、被告人の反社会的性格と犯罪性は根強く、かつ、顕著であつてその刑事責任は重大であるから、残された被告人の家族の心情を考慮しても被告人に対しては所定刑中無期懲役を選択し、終生労役に服させ自らの犯した罪を償うとともに非業の死を遂げた被害者の冥福を祈らせる措置をとることも止むを得ないところである。

(山田敬二郎 政清光博 塚本伊平)

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